コラム みすず野
2月18日(日)
 「松本の奥座敷」と言われた松本市の浅間温泉は、その昔は著名な文人、画人がよく訪れ、滞在した。代表格は折口信夫であり、坂口安吾、竹久夢二であろ う。国文学者、民俗学者、歌人でもあった折口は松本地方と縁が深い。昭和28(1953)年に没しており、いまや知る人ぞ知る◆書店でたまたま手にした新 刊『温泉天国』(河出書房新社)は、古今の作家、詩人、評論家らが記した全国の温泉にまつわるエッセー32編が収められ、安吾の「温浴」なる作品も載って いたが、浅間温泉の話ではなく、ちょっと残念な気がした。北杜夫の「温泉」も浅間温泉ではない◆かつての山あいの温泉は、主に湯治場であって長期逗留して 作家は作品を書き、農閑期の農家は骨休めをした。のんびりした時代だったのだ。文豪と温泉で有名なのは、夏目漱石と松山の道後温泉、川端康成と伊豆の湯ケ 島温泉、志賀直哉と兵庫の城崎温泉だろうか◆秘湯中の秘湯だった白骨温泉は、中里介山の長編時代小説『大菩薩峠』の舞台になった。「温泉文学」などという くくりがあるか知らないけれど、ゆかりの温泉に文庫本持参で訪ねてみるのもまた一興。